秋の彼岸について▶ 記事一覧
9月23日の「秋分の日」は、「祖先をうやまいってなくなった人をしのぶ日」として『国民の祝日』になっている仏教では、20日から26日までが秋の彼岸」で、「秋分の日」は「お彼岸の中日」である「秋分の日」と対照的なのは3月21日の「春分の日」で、この日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」として、やはり国民の祝日になっている。そして「春分の日」を中日とする七日間が春の彼岸」だ。
春分の日も秋分の日も、太陽は赤道の真上から、北半球と南半球を平等に照らすので昼と夜の長さが同じになる。暦のあまり発達していなかった昔、人々が真っ先に気がついた特別の日というのは、この春分、秋分と、昼が最も長い夏至、昼が最も短い冬至だったと思われる。
ところで、日本放送協会編の『NHK放送のことばハンドブック』に、ちょっと意外なことがかいてある。それは、「入り」とか「明け」という言葉は、「寒の入り」、「寒の明け」、「土用の入り」、「土用の明け」、「梅雨入り」、「梅雨明け」というように使うけれども、「お盆」には「入り」とか「明け」という言葉は使わず、また彼岸の場合には「入り」は使うが、「明け」は使わないと記されているということである。
ある時期に「入り」があって「明け」がないのは納得がいかなかったので、いくつかの大きな辞書を調べた。するとやはり、ごく一部の辞書を除いて、「彼岸の明け」という用例は載っていなかった。そこで、なぜ彼岸には「明け」といわないのか、言葉の専門家に聞いてみた答えは、大略、次のとおりだった。
彼岸というのはかなたの岸で、これに対して現在私たちのいるのは、こちらの岸と書いて「此岸(しがん)」だ。かなたの岸の「彼岸」は「悟りの境地」であり、こちらの岸の「此岸」は、「煩悩(迷い)」の世界である。そして「お彼岸」の行事の本来の意味は、「悟りの境地」に到達するということである。だから、そこからさらに明けてしまうということはない、のだそうだ。
そういわれてみると、なるほどと思う。私たちは毎年、春と秋の2回、彼岸に致達しようとしているのだから、彼岸を目指して、煩悩の川を渡り続けるのが「人の一生」であり、その意味でも明けはないのかもしれない。
彼岸の最後の日を結願(けちがん)」と記している辞書もあった。また「岸に結ぶ」という意味で、「結岸」という地方もあるさらに彼岸の最後の日を「はしりくち」と呼ぶ地方もあるそうだ。「はしり」は「駆け足」の「走り」のようだが、ひょっとすると「はしりくち」というのはスタートラインの意味かもしれない。お彼岸は、人生の船を岸に結び、そしてさらに新しい船出をするとき、といえそだ。ところで昔から「暑さ、寒さも彼岸まで」といわれているが、春の彼岸と秋の彼岸では、気温はずいぶんと違う。
東京を例にとると、春分の日の日平均気温は平年値は9度、秋分の日は22度で13度も違う。秋分の日の気温は6月の中ごろと同じだ。春分と秋分の日の太陽の照らし方は同じだから」、気温が太陽の照らし方によって直ちに決まるものなら、気温も同じになるはずだ。それなのに、これほど違うのは、地球を取り巻く空気が暖まったり冷えたりするのに時間がかかるからである。
だから、「朝晩はめっきり涼しくなりました」というのが「秋の彼岸」で、「日中はようやく暖かくなりました」というのが「春の彼岸」なのだ。このことを、昔の人は「時は3月、夜は9月」と言い表してきた。
俳句歳時記では、単に彼岸といえば「春の彼岸」を指し、「秋の彼岸」は特に「秋彼岸」とか、「後(のち)の彼岸」といっている。これは農作業の始まる季節の「春の彼岸」の方が、特に重要だったからと思われる。
「秋の彼岸」を過ぎると、季節は「短夜(みじかよ)」から「秋の夜長」へと移っていく。
(「ちょっと使えるお天気知識」 倉島厚(気象キャスター)著 小学館文庫より